親孝行

親孝行ってなんのことだろう?5月2日に父が突然亡くなった。

僕は小さい頃は父が嫌いで、「嫌い」って言ったことがある。父はパワハラモラハラ気質が強い人で厄介なことに悪気のない人だった。もちろん、意地悪いところがないと言うわけではなく、悪気の塊みたいな時もある。
父は小さく「お父さんもお前のことが嫌いや」と言うと一週間ほどネチネチ僕のことをいじめた。こんな屈折した子供みたいな父は当然僕の意見や考えをじっくり聞いてくれることなどなく、本当に単純に嫌いだった。

大学に行ってからも父から電話が来て僕が出れないと何度も何度も着信履歴が溜まり、ようやく電話をすると「なんで電話に出ないんだ」と叱られた。滅多に褒めてもらえなかった。

耐えかねて母に相談すると「親孝行だと思ってしっかり向き合ってみたら」と言われてしまった。どうにもならなくなって僕は一九歳以来父と週に一度は電話をしてきた。付き合ってた彼女に父の不用意な発言をきかれて関係が駄目になったり、僕が大学院を留年したら研究室に来て僕が何をしているかみに行くと言ったり、父は相変わらずであった。
僕は冷え切った他の兄弟と父の関係性を横目にこの電話を続けようと密かに決意をした。本音は父から逃げながら大学に行くよりも、父と向き合っておいた方が楽だと気がついたのだ。
父との向き合い方が変わると、父親に何を言われても聞き流せるようになった。そしたら今までの嫌なことやちょっとした思い出を面白おかしく友達に話せるようになって嫌いな父の愚痴をうまく言えるようになっていった。

突然父が死んだと連絡が入り、連絡をとっていた友達や別件で連絡をくれた友達に事情を話すと、僕の父のことをみんな僕から聞いてよく知っており、涙の一滴も出ない僕に泣きながらいろんな話をしてくれたり、「もう新しい父の話を聞けないのは寂しい」と言ってくれたり、僕はどんな父の話をしたっけと聞くと僕よりも友達の方が父の話を覚えているほどで、みんな僕が父のことを好きだったと言う。

僕は親孝行なんて言葉を理由に嫌々始めた父との電話だったけれど、いつのまにか父のことを好きになっていたらしい。よく、後悔する前に親孝行はしておけと言うけれど、急逝の一報から今日の今まで「父ならきっとこう言うだろうな」って事が考えていないのに湧いて出てくる。亡くなる二日前に話したことも全部いつか話したことだった。だからもう父と話すことは何にもないだけど、父のいない静かな実家に居るのに、父の生活の音が全部聞こえてくるような気がした。

儀式が全て終わって骨壷を抱えて姉の車に乗り実家に帰る時、父が骨壷の中から次の人生の力を蓄えているような気配を感じた。まるで膨らみ始めた妊婦のような気分でウキウキしながら、でも涙が溢れてきた。そのことを母に話すと「あんたの子供とちゃうか?」と話す母にもう敵わないと思ってしまった。

父が亡くなって寂しいと思える事が自分のしてきた結果なんだと思うと、自分が父のことを好きだったんだと気がついた。もう父と話さなくなって一週間になる。悲しくはないけれど、寂しい。父は僕から電話をすると機嫌が良いことが多かったと思う。最後には僕のことを一番よくわかってくれていたように思う。だからもう話せなくて寂しい。親子なんだけど、人生の友人のように接してくれた。

3年前、父が買った新車は僕にくれるつもりだったらしい。僕は車を買ったら実家に新幹線よりも気軽に帰れると思っていたけれど、タイミングが少し早くなってしまった。

その車で僕はどこに行けばいいのだろう。星を見に行けばいいか。星も甘いものもパソコンも、僕の仕事や趣味も始めを辿れば全てに父が居て、もう寂しくないのかもしれない。

父への親孝行の時間、今日からはなにをしようか。

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