ショウペンハウエルの「読書について」を再読した。古典として残るべくして残った良書だと思う。
ショウペンハウエルは「筆者と向き合う必要はない」と結論していると記憶しているが、私は、おそらく、彼の主張と同じ意味で、仮想的な筆者を想定している。
私は本を読むとき、仮想化された筆者からの、一方的な主張にされされる自分を感じるのだ。
逆に、本の世界を離れ、リアルな人間に接するとき、双方向に伝達可能な関係においての相互理解の難しさに絶望的になる。
一冊の”本を理解する”ことと、一個の”人間を理解する”ことは段違いに難しい。
しかし、最近は人間も仮想化されているらしい。自分という個人をうまく仮想化し、抽象化し、そして具体化し、さらにわかりやすく加工し、やっとコミュニケーションという舞台に上がることができる。
他人とうまくコミュニケーションをとることのコツはわかりやすい人間になることだ。だが、私は現実を本のように生きて無駄にしたくない。
生き生きとした人間に触れながら、自分もまた、生き生きとした人間でありたい。
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