引っ越し

怒涛の引っ越しが終わり、一段落して僕はどこでも生きていけるのでは。とわかってしまった。
4月は出会いの季節だという、たしかにいろいろな人に合う。
近所のおじさん、大家さん、大家さんの娘さん。
新しいアパートは家賃が4.2万円でオール電化で鉄筋コンクリート造だ。
天井が低いこととシャワーの勢いが悪いこと、それとお湯の温度がデジタルで指定できないこと以外は何もかも揃っていて何もかもいい。

新しい家で、新しい冷蔵庫と玄関を指紋で開けれるようにしてくれるデバイスを取り付けて部屋を掃除した。タイルカーペットを床に敷くのに面倒なところ残して適当に敷いて暮らし始めてしまった。

3月の末から鬱陶しいことが多くて嫌だ。適当な人が適当にやってきて適当に自分の考えていることだけを話してどこかに行く。

名古屋のIMAXで映画見た。オッペンハイマーだ。
なにか、ここで自分のすることが見つかっていないような気がしてイライラする。
全部揃っていて、前より快適なのにイライラする。
イライラしながら全部見た。

明日知り合った人とわらび餅を食べに行くけど、なんで僕は知らない人とわらび餅を食べなきゃいけないんだろう。一人で食べればいいのに。

どうして、どうして、どうして。

何がこんなにも嫌なんだろう。ストレスが足元から這い寄ってきている気がする。

世界から打ち捨てられたような気分になって名古屋の夜を歩いた。
バカみたいに道幅の広い道路の横断歩道を歩いて、知り合いのいない土地は日本でも海外でも変わらないとわかった。

やっぱり僕はどこにでもいける。
世界が小さいことが名古屋に引っ越しただけでわかってしまった。
どこにいてもなにをしてもこのブログをたまに書いて、誰かが読んでるらしい。

名古屋の空港にいってたくさんのういろうを買ってたくさん食べたけれど、全部同じ味だった。
なるほど、僕の舌はういろうをまだ知らないらしい。

こんにちは。
名古屋、はじめまして。

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