朝顔の意味

「どこかの星に咲いてる一輪の花を愛していたら、夜空を見あげるのは、心のなごむことだよ。星という星ぜんぶに、花が咲いてるように見える。」

「星の王子さま」から(作者:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 河野万里子 訳)新潮文庫 p.131

これは小説「星の王子さま」の一節だ。他にも、

「地球の人たちって、ひとつの庭園に、五千もバラを植えてるよ……それなのに、さがしているものを見つけられない……。だけどそれは、たった一本のバラや、ほんの少しの水のなかに、あるのかもしれないよね。」

p121

とか、

「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ。人間たちは、こういう真理を忘れてしまった。でもきみは忘れちゃいけない。」

p101

とかって書いてある。いかにもバラという花がフランスの小説らしい。言い方も直接的でなんだか恥ずかしい。私にふさわしいのは朝顔である。

「朝顔や つるべ取られて もらひ水」

(加賀千代)

意味は『井戸で水を汲もうとしたら、朝顔が釣瓶につるを巻きつけていた。朝顔を千切って水を汲んでも良いのだが、それは可哀相なので、隣の家の人に水を貰いにいった。』彼女は35歳に『朝顔に』を『朝顔や』と詠みなおしたそうだ。水を貰いに行ったことよりも朝顔の愛らしさを強調したかったのではないかと言われている。

この加賀千代の俳句は、僕にとっては祖母の辞世の句だ。

朝顔の切り絵のうちわをうっとり眺めながら祖母が詠んだ俳句だった。亡くなる6日ほど前の時、無学だった祖母から聞いた最初で最後の文学だった。

私は悔しかった。苦労続きの90歳を過ぎた祖母が故郷をはなれて遠い土地の病院で亡くなることが。祖母は痴呆だった。夏を越せるかどうかという時に足を骨折した。食事を拒否するようになり、いよいよと覚悟を決めている時だった。どうしてあげることも出来ずに、うちわで祖母を扇いでいた。その病室の出来事だった。

その後、『朝顔は大事にせなあかん』と言った。私には意味がわからなかった。

そして、それから三年が過ぎました。

今、私は自信を持って、その時の後悔を深い尊敬の念に変えることが出来ます。

祖母の人生をかけて愛した『朝顔』は僕の中で強く根を張っています。あなたの生きた証が確かに生きています。

そして、この星の王子さまたちにも、私はバラもいいけれど、朝顔も教えてあげたい。そして無学の祖母が、フランスの場所を多分知らないだろう祖母が、得た人生の結論に頭がさがる思いです。

この話は絶対に忘れないでいよう。そしてうまく説明できるようになろう。

それからサンテックに朝顔を見せてみたい。

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