高校の頃の僕へ

昔、母校のある高校でゴーストライターのようなことをやった。普通、卒業式の答辞は生徒会長あるいは主席がするのが普通だろう。でも、僕の代の生徒会長は進学先が決まっていなかった。そこで副生徒会長が答辞を読むことになったのだが、副生徒会長は課外の活動が忙しく、突然言われた答辞の内容を考えさせるのははばかられたのかもしれない。とにかく、副生徒会長の代わりに答辞を作成しろとのお達しが、一執行委員でしかないはずの僕に来たのであった。ここに国語の評定は2のゴーストライターが誕生した。

とにかく、5年分の答辞を渡され、なにか考えてこいと言われたのだが、5年分の答辞は似たようなものばかりで、面白みがなかった。僕は答辞の形式だけ真似て中身は自分で考えることにした。高校のクラスメイト、部活、勉強、先生、とかを散りばめて、まとめて出しただけの答辞は先生からも同級生からも何故か評判が良かった。添削の国語教師からは「あなたはこういうのはできるのね。」と言われ、副生徒会長がみんなの輪の中でちやほやされているのを横目に眺めながら、ホッとしたした気持ちと微妙な自己充実を感じながら卒業式の後を過ごしたのを覚えている。

もう、あれから8年がたとうとしています。しばらく覚えていた答辞の内容も、もう覚えていません。学区改正などで、僕の母校は通う地域も変わっているし、先生も皆知らない人になっているでしょう。クラスメイトも連絡をほぼとっていません。名前を忘れた人もいます。でも、あの校舎の空気をまだ僕は覚えています。僕の高校生活は独特のリズムとテンポで進み穏やかに流れて行きました。特別なことはありませんでした。田舎の自転車通学でしたし、部活動も幽霊部員で特に何かに熱中した覚えもありません。そこそこ読書がすきなどこにでもいる高校生でした。しかし、「スタンド・バイ・ミー」に代表されるようなあの年代特有の感情の起伏、またそれによって日に日にめまぐるしく変化する心に写った風景の描写を僕はまだ忘れることができません。

今振り返り、あの頃の不真面目な僕に私から答辞をプレゼントしたいと思います。答辞なんてプレゼントするものではありませんが、たまにはこういうのもいいでしょう。私にも、文章を書く楽しみを教えてくれたあの頃の僕に答辞です。

私達は、今日のこの日まで取り巻く環境のすべて、部活、課外活動、受験、そして今の世界を、時にはイライラしながら、時には感動を覚えながら、今日のこの日まで共に過ごした同級生のまなざしから見てきました。ですから、一度も目が合うこともなかったあなたも確かに私に影響を与えていて、たしかにクラスメイトでした。私達は心の揺れ動きの激しいこの時期に学舎で共に過ごせたことは本当に幸せでした。実は、図書館の隅に私の書いた小説が隠してあります。この絶妙な雰囲気をそこに閉じ込めておきました。見つからなくていいです。見つけた方はそっと心に閉まっておいてください。

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