眠れないから最近あったこと

苦しいのは言語化出来ないから感情のやり場がなくて
悲しいのに、他人から言葉を要求されるともうなんに
もできなくてしまう。

この間、僕が思慮深いみたいに言われたけど、
言葉にできなくて黙っているだけなのに。
黙っていたり、言葉少なくしていると、勝手に頭良くしたり、
頭悪くしたり、他人は勝手だなあと思う。

最近は自分がもう少し賢かったらと思うことが多い。
こんなこと言うと弱気に思われたり、助言が必要に思われたり
するんだけれど、そうではなくて、「もっと賢くなりたい」
という事だ。相対的ではなく、絶対的に賢くなりたい。
賢くなれたらすべてをなげうってもいいかもしれない。

毎日機嫌よくて毎日賢くて毎日優しい人になりたい。
人に害をなすものに厳しくありたい。

諦観や絶望で「賢くなりたい」と言っているんじゃなくて、
筋トレするみたいにもっと賢くなりたいのだ。
僕の心は挑戦の心がらんらんとしているけれど
感情を隠す癖があって仕方ない。
だから感情表現が豊かな人に憧れがあって、眩しくて仕方ない。

ウエストサイドストーリーをみた

昨日、母親とウエストサイドストーリーをみた。僕は映画館でみていたけれど、母に自信を持っておすすめできる映画がとっさに出てこなくて、一緒にもう一度見た。
二度目なのに心に残るシーンがあった。母は途中で寝てしまって私だけが見てた。

母とは今日も遅くまで話した。母が言うには僕は運がいいらしい。「運がよいけれども苦労しないということではない」らしい。なんのこっちゃ。よくわからんけど運良く生んでくれてありがとう。

父とは昼間ずっと一緒にいて話した。普段気軽に話す相手があんまりいないみたいでたくさん話しかけてくれる。三日間話したけど、だいたい同じ話を五回ぐらいしたので眠くなってしまった。ごめん、殆ど聞いてなかったわ。

話を聞いてたら父も母も精一杯生きてきたように感じた。とりまく状況や環境がどんなでも親なりに精一杯だったらしい。もう70を迎えてすぎて二人は今から何をするのだろう。僕に手伝えることはあるんだろうか。

小さい頃、布団ではないところで寝てしまって親に布団まで運んでもらうのが好きだった。だからわざと布団じゃないところで寝て、あるいは寝たふりをして、運んでいってもらった。運んでいってもらう途中で目が覚めたりしてしまうのだけど、
起きると運んでもらえなくなるので、寝たふりをする。寝たふりをしながら、本当に眠たくなって寝る。

ウエストサイドストーリーをみたら、私はアメリカ人じゃなくプエルトリコ人だって泣いて言う女性が目に入った。

昔、窪塚洋介が好きでGOって映画をテープが擦り切れるほどみた。そのうち窪塚洋介よりも映画が好きになった。GOでも男性が同じようで違うセリフを言っていた。たしか、「私は韓国人でも日本人でもなくてただの根無し草」だって。GOはロミオとジュリエットがたくさんでてくるのだけど、このセリフはスペイン語だった。金城さんはウエストサイドストーリーもすきみたい。

僕は今日、母にこう言った「僕は父と母のもとに生まれたのは運命だと思うけど、姓のもとに生まれたり、この国のもとに生まれたのは偶然だと思う。だから、将来は違う国に住むかもしれないし、ぜんぜん違う姓になるかもしれない、ならないかもしれない。割とどうでもいい」と。
母は私も同じと言ったけど、外国はよくわからないから嫌だって言った。だから僕が外国に行ったら母にたくさん話そう。

いま世界中のどこにいても、眠りに落ちた子供が両親の愛に包まれていてほしい。それがお金や国境やつまらないおじさんの都合でだめになるのは嫌だ。

僕の小さい頃の夢の「研究者になる」はこの春に一応かなったけど、母は「諦めなかったから叶うということを教えてもらった」と言ったけど、僕はまだよくわかっていない。
父と母と話してひとまず僕は「誰に会っても賢いと言われる人」になることを目指そうと思う。

だから舐められたり、理解してもらえない事があってもそれは仕方ない、僕が賢くなるしかない。
必死に教えても理解できない学生がいてもそれは、僕が賢くないからだ。

色々書いてしまったけど、自由におもしろおかしく生きようと思う。

そういえば最近カレーや料理を作って人に配り歩いていたりする(料理はすごいぞ、美味しいものを作ったら人が笑顔になる、そうじゃないと凹むけど)のだけど、あげた人に「なんでくれるの?」と聞かれた。
僕は「美味しいものを食べたら元気もでるし、嫌なことがっても少しは頑張ろうって思わない?」と言ったら「変な人だね」と言われた。

僕はカレーを配ってるアメリカ人でもプエルトリコでも韓国人でも日本人でもないし、スペイン語も知らないだけれど、なんとなく日本語話せて、根無し草ってわけじゃなくて、変な人で、賢くなりたい人になった。あと、おとうさんとおかあさんのむすこです。
よろしくお願い致します。

本音を言えば

僕は岡山で育ったのだけど、いつかのドラマで「東京の空はいつも曇っている」ってセリフを聞いた。
僕は臭いセリフだなと思ったけど、18で上京して空を見たとき、たしかに空は毎日曇っていた、それもピンク色に。

昔、星が好きで地元の図書館で星の写真をたくさん見た。それこそある本を全部だ。本みたいな星空は見えないと思っていた。
初めての東京から帰省した夏に実家の庭から見上げた夜空には天の川が綺麗に流れていた。
僕は地元が嫌いだったけれど、星を好きにさせてくれたのも透き通る天高い空で育ててくれたのも地元だった。
東日本大震災のとき、計画停電の東京は星は綺麗だった。たくさん雨が降った次の日は東京でも空は青い。

そういえば、サンテックは新月の砂漠では星で影ができると言った。
太平洋をヨットで渡る冒険家は、新月の波のない凪の洋上では、海に星が浮かんで1面星だらけになるらしい。

僕は東京の夜空にそんな海外の海洋の美しさを思い浮かべることはできない。せいぜい嫌いだった地元の、実家の庭先の、夜空しか見えない。

小学生の頃、天体望遠鏡を買ってもらった。18になって両親は東京に持っていくかと聞いたけど、あれは地元にないと意味がないんだ。
ピンクの空で何を見るんだ。

サスティナブルとか、脱カーボンとか、SDGsとか、理屈はよくわからない。国が大きな声で節電をって呼びかけても何もピンとこない。

それよりも僕はピンク色の空を青く、灰色の夜空に天の川をかけてほしい。
今日見せてくれるなら給料の1%払ってもいい。

正直実感がない

家中の電気のものを全て消して、洗いたてのシーツの布団に入って天井を見た。
出窓から遠くの車の光と外の気温が漏れ出ていて、寒さを感じながら少し目を閉じ、また天井をみた。
まだ眠たくはない。
音は時たまに鳴る冷蔵庫のラジエターの音と外の洗濯機の音、それ以外はなにもしない。このアパートにはもう十二部屋のうち四人しか住んでいないらしい。

思わずいても立ってもいられなくなり机からノートパソコンを枕元に持ってきていま文章を書いている。ここ数年、いや十六年を振り返るためだ。
一昨日、博士論文を副査の先生に渡してきた。
そのときに一言、「間に合ってよかったね。」と言ってもらった。
まだ審査は始まったばかりだけど、うちは条件が揃うまで審査自体が始まらないのでそういうことだろう。
昨日は狂ったみたいに寝て、こんな時間に眠れないでいる。
深夜零時頃から手持ち無沙汰で最近手につかなかった掃除と洗濯をした。
ここ二週間ほどなんにもしていなかったのにそれほど汚れてなくて、それほど洗濯も溜まっていなかった。
どうやら、一人暮らしも長く続けるとそれなりに清潔に暮らせるようになるらしい。

どうやら今年、僕は卒業するらしいのだ。
卒業するとうちの大学で一、二年は助教として働けるらしい。
人より6年遅れてしまったけど、学位をもらえるらしいのだ。
僕には全然実感がないのだけど、周りがすごく喜んでくれている。
僕は青春のすべて、ほぼ全てをこの生活に費やしてきたのでまだ少しよくわからないでいる。
上京して初めて付き合った人からはよく、「時間は作るものですよ」と言われた。
言いたいことはわかるしそのとおりだと思うけど、作った時間は次の研究の時間に消えた。
暇な時間は深夜しかなくて、よく深夜友達とおしゃべりしていた。
その子とうまく行かなくなってから、なんだか研究もうまく行かなくなった。
担当教員とうまくコミュニケーションが取れなくなり、
三ヶ月ほど話していない教員が突然私のもとに来て
「あなたはこのままではいつまで立っても卒業できない。無駄だ。」
と言い捨てて去っていった。
私はきっとショックだったのだろう。作業効率が落ちて何もできなくなった。
幸い、私は自分を認めることができていたので不安はあったけれど、大学に行くのをやめた。
突然行かなくなってしまったので担当教員からは鬼のような連絡が来たけど、「やる気が出ないのでしばらく行かない」とだけ返して、料理をしたり、バイトをしたり、貯金をしたり、したいことをして三年ぐらい過ごした。
担当教員とはなんだかんだ一年間隔で話をしていて、やめようかなと思っていると伝えると「あなたは卒業できるチャンスがあるから続けなさい」と言われた。
僕はそれを咀嚼するのがもうどうしてもだるかったので自分の好きにしていたけど、友達や親に「やめたい」と言うとはじめはみんな賛成してくれるのに、数日後に連絡をくれて「続けたほうがいいよ」と言ってくれた。
曰く、それはあなたがやりたいことだから続けたほうがいいとそういうのだ。
僕はあんまりみんなが続けろと言うから本意ではなかったけど、続けることにした。
なんていうか、僕は自分の考えに従うことが多いけど、あんまり自分と違う意見の人が多かったので従うことにしたのだ。
まあ、責任転嫁である。
うまく行かなければこいつらの責任だぐらいの感覚で前向きに取り組んでみることにしたのだ。
(でも失敗しても誰も責任はとりようがないことはわかっていたし、結局人生を生きるのは自分だから、今でも納得しない決断だけど、信用している人たちの言うことに従ったわけだ。)
そう思った頃には在学期限が二年と少ししかなくて、担当教員が仕事をあてがうと言うので仕事をしに大学に行き始めた。
担当教員は自分の先生だと思うとムカついたが、仕事の上司だと思うとなかなか優秀で学ぶところも多くやっていけそうな気がした。
研究については自分で立てたプランを一方的に先生に告げ、勝手に始めた。
学会発表は時間の無駄だと思ったので一切行かなかった。
うまく行かなかったときの従順に従っていたときのやり方、つまり担当教員のやり方はすべて変えて、興味のある研究者に勝手にメールをして友達になった。
友達の研究者は卒業したら履歴書を送ってくれたら自分のボスに口添えをすると言ってくれ、僕は気が良くなり、ますます自分のやり方を信じることにした。(友達は多分酔っていただけだが。)

そういう感じで、主に研究の指導は他の先生にお願いしながら、ゼミでは一方的に進捗を伝える場として認識した。
アドバイスをもらっても筋が悪いなと思う部分は無視をした。
つまり何も聞かなかった。
ただ、僕は英語語が苦手なので論文の英語はほとんど担当教員に書き直してもらった。
僕は担当教員も悪くないなと思い始め仲良くすることにした。
そうして国際紙に論文をいくつか出して博士論文を書いて出した。
最後の方は本当に時間がなくて、申請の期日の5日前に論文がアクセプトになり、バタバタであった。
それで福査の一言である。

ここ最近の5年は本当に長くていろいろなことがあり、僕のことを理解してくれる人は本当に少なかった。
そもそも理解してもらおうとする努力が足りていないのかもしれないが。
不思議なのは仲の良さに関わりなく、素直で素晴らしい人格の友達は無条件で応援してくれたことだ。
よくバカにされたけど、僕はよくやったほうだと思う。

卒業するらしいのだけど、全然実感がわかない。
応援してくれていた友達は卒業すると言っても態度も何も変わらずにおめでとうと言ってくれるし僕より感動してる人もいるみたいだ。
この文章は僕の論文の初稿みたいにまとまりのない文章だけど、今の気持ちをそのまま閉じ込めておこうと思う。

嫌になってやめようとしていたけど、やめないでと言ってくれた友達となんだかんだ自分なりに僕のことを考えてくれていた担当教員にお礼を言いたい。
友達には素直に言えるけど、担当教員には社交辞令にくるんだ本音を贈り物とかにしてわかりにくく渡そうと思う。

まだ全然実感ないんだけど、みんなありがとう。

あと全然審査途中で、万が一卒業できなくなることもあるのでみんな不安になりながら見守っていてください。

私は白鳥 をみた

“私は白鳥”という映画を見てきました。
見たいな~見たいな~と某SNSでつぶやいていたら、一緒に見に行こうよと誘ってくれたので上機嫌で見てきました。
澤江さんという自称白鳥の人間と一羽の手負いの白鳥の物語、澤江さんは白鳥のことをこの人というのだが、そういうところも含めて私はこの映画が好きだ。

よく言われることだが、ノンフィクションはカメラが入った時点で成立しない。ドキュメンタリーもそうだ。編集されて話に筋が付く。
だが、この映画においてはそんな心配はしなくてよい。私は見る人が澤江さんの白鳥への感情を誤解しないか少し心配だ。

おそらく、偏見や先入観を以てこの映画を眺めてしまうと人々は”偏愛”とか”狂気”とか言うんだろう。それは彼の「私は白鳥だ」という言葉を理解していないのだ。
基本的に澤江さんの言葉をたどるだけで彼にとっての白鳥は像を結ぶはずだが、仮に僕が言い足すことを許してくれるなら、白鳥は澤江さんの生きる意味だ。

澤江さんが見つけた生きる意味を私は”偏愛”だとか”狂気”などといえない。
ドキュメンタリーの中で澤江さんは全部を話さない。白鳥について話始めると、はじめはわかりやすく話そうとしてくれるのだが、最後にかけて支離滅裂になり言語が意味を失ってしまう。彼と白鳥の世界は厳密には彼と白鳥のものだけだからだ。
それは、後半、澤江さんがカメラを回すようになって映像で語られる。
我々は白鳥を澤江さんとの関係性を通して理解していくが、彼の映像を見たとき、私たちの理解が全く異なっていたことに気が付く。
彼の説明が支離滅裂なことが彼の説明能力の低さによるものではなく、そもそも言語化できないことを説明しているからだと気が付く。
我々はそもそもすべてを見ることを許されていないのだ。

澤江さんは物語が進むにつれ、澤江さんのすべてを白鳥にぶつけていく。
体もお金も車も睡眠も時には仕事も犠牲にして白鳥にぶつけていく。
それは白鳥が澤江さんの生きる意味だからに他ならない。
白鳥のために病気になり、白鳥のために健康に気を遣う。
彼が生きる意味を見つけたとき、彼の半生のすべてに意味が生まれ白鳥に集約していく。

過酷な白鳥の追いかけは体育会系でないと難しいし、鋭い観察眼、分析力は、学生の頃優秀だったといわれる頭脳だろう。
本人が「心の隙間がどういうわけか白鳥の形をしていたようで」というように、彼は人生のすべてを、命を白鳥の形にして表現していく。

私は物語が進むにつれて澤江さんという白鳥を見た。

白鳥も、澤江さんも、一人ということをドキュメンタリーは強調するが、初めから最後まで白鳥は確かに二羽いたのだ。

垣間見える深い世界はきっとすべての人間が持つものだけど、澤江さんの人柄がそれを必要以上に飾り立てるのを許さず、本質をあらわにする。

だけど、澤江さんは全部を話してくれないからやっぱりちょっとずるい。ずるくて素敵で、ほんのちょっとだけうらやましい。

自分を広げて考える

昨日、作業が全然はかどらなかったので自分のブログを読んでいた。
高校時代を回想したそれを読んで、その記録を残したことも高校当時の思い出も感覚もほとんど思い出せたけど、薄くなってぼやけてしまっていた。
昔はそんな感覚が嫌で嫌で絶対に忘れたくなかったのに、いざ自分がおとなになって忙しくなるとこれだ。忘れてしまう。
小さい頃、ガラクタを引き出しに詰めてもう絶対取り出さないと思っても、今ではそこに印鑑や通帳が代わりに紛れ込んでどんぐりの居場所がなくなってしまうように、薄情にも忘れてしまうのだ。

だけど、昨日はそれが切なくなかった。それが感傷にならずにスッと心に落ちてきて収まった感じ。いやちょっと違う。心のなかにあったものを再発見した感じだ。思い出したのとは違う、思い出はなくなりかけているのだから。

今はその文章のことや写真のことを忘れてしまって過去の自分を他人として眺めるようになったとき、自分がどんなことを思うのか興味がある。

ファンタジー作家やブルーハーツは”写真には写らない”というけれど、きっと記憶から消し去っても、自分の中に残る何かをまた見つけることができるように思う。それは過去で見に覚えのない他人の話でも、確かな自分として想起できるとの自信だ。

自分が自分だってことが、記憶じゃない写真じゃないなにか、だけど、直感してわかるってことに自分自身少し驚きながら、それが紛れもない自分なんだって驚く。

赤ちゃんは親指をなめて、なめられている親指、見つめている親指、なめている親指の感覚を同期して親指が自分のものだって認識するらしい。

その延長線上に過去の親指が自分だってどのプロセスで認識できるかなんてえらい哲学者に任せればいい。

今はそれとわかるってことが、認識に自身があるってことが、大事だ。

人間の尊厳

昔、動物園の動物を見て虐待かもって思ったけど、
人間の箱庭も動物園と変わらないかもしれないと思った。
つまり生命は”状況”にすべてを左右されない、したたかさをもともと備えていて、自己を定める意志の力が実際にある。

例えば、会社のすべてを掌握する最上階の、秘書に囲まれた社長と、飼育員に世話をされる動物園のライオンは一体何が違うのか。

百獣の王様は動物園でも周囲を従えて堂々と生きているのだ、人間はコロナ渦でも悠然と生きればいい。

私は一人きりのアパートの中で、だが、自己を見定める人間として、一つの誉れある生命体として生きている。

この先、出番を待っているときに備えて自分を磨くのだ。

やっぱり動物園のライオンも檻を捨て、飛び出して、百獣を従えることを諦めていない。

僕はもっと世界を見てみたい。それがこのアパートに閉じ込められて僕の捨てきれない”自分”というやつだ。

小さい頃

最近、小さい頃を思い出す。

夏の日、暑い日。
家には昼寝している母と機嫌の悪い父しかいなくて僕は外に出た。
汗がたくさん出てぼたぼた落ちたけどサラサラしていて、自転車でも乗ればシャツもすぐに乾いた。
空は青くて、高くて、遠くの入道雲が大きかった。
多分、抜けるような空ってあの頃の空だ。
友達の家をリレーして頭がすごく暑かったけど、母がもたせた麦わら帽子はすぐに何処かに行った。

おおよそ、25年前のあの頃、毎日同じことをして過ごした。
近所のおばさんが庭になったいちじくをくれて友だちと食べた。
お母さんが麦茶を出してくれて、みんなで飲んだ。

あの頃の友達はみんな笑ってる。

あの頃の自分が、ずっと自分を見てて今が楽しいかどうか尋ねてくる。
悔しいけど全然勝ててない。

笑ってこっちにおいでって言ってあげれない。
父が不機嫌なのはそういうことだったのかもしれない。

hello hugo world

URLそのままで、wordpress から hugoへブログを移動しました。

URLを引き継ぎたかったので、移動には自作のrubyスクリプトを使いました。こういうのは車輪の再発明なんて呼ばなくて、自分にフィットしたやり方でやるほうが効率が良いのだ。

“`ruby
#!/bin/ruby

require ‘xmlsimple’
require ‘open-uri’
require ‘reverse_markdown’
require ‘date’
require “fileutils”

domain = “XXXX.YYYYY.ZZZ”
rss = “https://” + domain + “/feed”

hash = XmlSimple.xml_in(open(rss))
arr = hash[“channel”][0][“item”]

arr.each do item

title = item[“title”][0].empty? ? “無題” : item[“title”][0]
date = Time.parse(item[“pubDate”][0]).iso8601()
contents = ReverseMarkdown.convert item[“encoded”][0]
discription = ReverseMarkdown.convert item[“description”][0]
discription = discription.split(“…”)[0] + “…”

dir = item[“link”][0].split(“/”)[3] +”/”+ item[“link”][0].split(“/”)[4]
name = “/index.md”
FileUtils.mkdir_p(dir)
mdfile = “

ファンタジーを見て思うこと

シン・エヴァンゲリオンを見てきた。小さい頃、家のブラウン管で見たアニメはIMAXに姿を変えて、スクリーンにそのイメージを投影されていた。

僕は最後のエヴァンゲリオンを見て、一つの大事な感想を得た。それはエヴァンゲリオンがきちんとしたファンタジーとして成立している事だ。あれはアニメーションだけれどその筋は戯曲に近いと思う。シンジ以外のキャラクター装置としての役者となっており、すべて意味のあるオブジェとして機能しているからだ。

庵野秀明がどう思うか自信はまるでないが、ファンタジーの原型はいくつかある。エヴァの場合、それはメーテルリンクの青い鳥だ。他にもドイツの海賊の心臓などの正当なファンタジーの流れに位置していていると気がつく。

シンジは公衆電話の前に現れ、その前の説明なく、エヴァンゲリオンを中心に物事が運ばれる。この運びを斬新だという人がいるが、それはアニメしか見てない人のセリフだろう。チルチルとミチルにとっての青い鳥、例えば、ファウスト博士にとってはメフィストフェレス、ジョバンニにとっての銀河鉄道なのだ。

シンジがネルフに来る前が語られないのは、エヴァンゲリオンを知る前だからだ。そして強くなったシンジはエヴァンゲリオンのいない世界へ帰っていく。

庵野秀明は野暮ったいことをしないので、現代の表現のつま先を使って盛大な夢オチを描いたのだろう。

私が強烈にファンタジーとはこれかと思う文章がある。荻原規子さんの樹上のゆりかごのあとがきだ。
> どんなに多くの卒業生が、アルバム写真を見て懐かしみ、どんなに詳細に語り合ったとしても、当時の写真には映らない、いつも取りこぼしてしまう何かが、あの場所にはあったと思えてならないのです。 
> 樹上のゆりかご あとがきより

これはノスタルジーというやつだ。言葉にできない見たことのない郷愁がファンタジーにはある。それは作り手が説明しても説明しても説明できない何かでできている。

エヴァンゲリオンははじめあえて説明せず、終わり、今回は説明して終わった。だけど、すでにエヴァンゲリオンにはノスタルジーをおびて、存在してしまった。庵野秀明の考えた「エヴァンゲリオン」は、人間の備わる想像力に根付いて存在する力を得たのだ。

名前は違っても誰かがまた見つける。それが嘘のような学園生活の話だったり、願いの叶う鳥だったり、見たことのない世界を見せる悪魔なのかもしれない。

ファンタジーが自然と郷愁を帯びて感じられるのは、それは誰もが一度は考えたことだからだ。そうでなければそれはただのフィクションでゲームでアトラクションにすぎないからだ。

寂しいけど卒業して次のステップに進もう。ふりかえって懐かしく感じ、嫌なことも楽しく振り返ることができるように。

良質なファンタジーは常に現実への出口を用意してくれているものだ。

これはファンタジーなんだよって教えてくれて、しかしその存在を消失しない。庵野秀明はアニメーションを進化させた。そのうち、俳優は声優となるんじゃないか。

そんなことを思いながら、私の青春の時間をエヴァの電車に乗せて保存してしまおう。

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